2017.3.30 亞弥solo @.kiten

kiten.jpg2017.3.30
無意識の断層/亞弥

舞踏 亞弥


場 所 .kiten
開 場 19:30 開 演 20:00
木戸銭 2千円

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私の目線の先には、いつも、目線を右にして口を尖らせ困っている産まれたての息子の姿がありました。
それが私のおどりを立ち上がらせてくれていた。
これから先も、それは一つの踊りの種です。

そんな場面を体験させてくれたこの人生への感謝を込めて、卒業と旅立ちを祝して。

「どうか生きて、1秒でも安心して幸せな瞬間を体験して、産み出してください。本当の寂しさを知っている者は賢いのです。」


レシート満開の下を踏みしめて、新しい瞬間に出逢うために、歩みだしたいと思います。

どうぞ、お立ち会いください!

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3/3 深谷正子
3/4 浮世モード
3/11 田中奈美+ガンジー
3/12 南阿豆
3/20 フウゲツの純他
3/26 万城目純プロデュース
3/27 山田花乃
4/2  横滑ナナ
4/8  犬吠埼ヂル
4/9  阿久津智美


インスタレーション:月読彦 
          special thanks to nami tanaka


「無意識はひとつのランガージュとして構造化されている」というジャック・ラカンのテーゼがある。ランガージュ、つまり言語だが、ラカンがいうランガージュは他者が「私」について語った言葉たちという意味だ。噂やら自分に対しての指摘やらが「私」の無意識を構造化するってことだ。今回はこれ自体はさておき、勝手な解釈ではあるが、日々の経済活動自体も無意識構造の一断層を構成するのではないかと考えてみた。言語とは交換され、流通されるものであるならば、貨幣と商品の交換も何らかの形で無意識構造の中にある層をなして存在する。そんな仮説を立ててみた。真偽はさておき、ここから発想したのが、レシートを空間に浮遊させたインスタレーションである。そこに身体を配置、運動させる空間、隙間も用意した。無意識のアナロジーの中で身体はどんな様態をさらすのか、どんな輝きを放つのか。「私」は身体をどう操作するのか。いや無意識は「私」をどう動かしていくのか。それらはすべて幻想かもしれない。そして、ならばパフォーマーの幻想を観客はどう受けとっていくのか。。。